2012年02月26日

ハード・ミッション イン ボリウッド

 1988年から91年にかけて、インドで映画音楽のレコーディングに携わった事がある。
 現在では、デジタル・レコーディングが普及し、スタジオの互換性はかなり高いのだが、その当時はスタジオ毎にレコーダーの互換性がなく、Aと言うスタジオでレコーディングを始めたら、都合に合わせてマルチテープを持って別のスタジオへ移動、と言う事がほとんど出来なかった。私に仕事を依頼してきたインドの音楽プロデューサーがメインで使っていたスタジオは、ドイツ製の映画サウンドトラック専用の4chレコーダーを4台同期させて16チャンネルにするという力業で、それでもコンソールはAMEK、Quantec の Room Simulator等、当時は最新鋭のリバーブレーターを備えているというちぐはぐなスタジオ。でもディレイは2トラックのテープレコーダー。
 私はここで、確か映画3本分の仕事をしたのだけれど(上映まで漕ぎ着けたのはそのうち一本だけ。後の二本はプロダクションの内紛やら倒産やらでお蔵入り)、このレコーディングというのがもう苦労の連続。
 私が何回目かにボンベイ(現在はムンバイが正式だが、特にボリウッド関係者は未だこの呼び方を嫌う)に到着した際、逗留先の友人でもあるプロデューサー宅に着くといきなり「ドラム・トラックはもう録っておいた。他のパートを作ってくれ」
 一応ラフスケッチのような物を聞かされ、それを元にアレンジ。シーケンサーに打ち込んで音源一式と共に件のスタジオへ。
私「同期信号の出力をくれ」
エンジニア「なんだそれは」
「後からシーケンサーやドラムマシンを録音する時に、テンポを同期させる為の信号だよ」
「ああ、それならテンポは158bpm(うろ覚え)だ」
「いやだからそのテンポ情報を記録した同期信号がいるんだってば、ドラム録る時、一緒に録っただろ?」
「そんなものは知らない」
「え?」
「でも大丈夫だ。テンポは158だ。日本製のデジタルドラムマシン(Roland)だ。シーケンサーも日本製(YAMAHA)だろ?」
「無理無理。信号ないと同期しないよ。ずれちゃうよ。もう一度ドラムマシンから録り直そう」
「ドラムマシンはもう返した。ここにはないよ」
 レコーダーがアナログの場合、回転ムラが発生するので、後からシーケンサーをヨーイ・ドンで走らせても、だんだんずれてくる。幾らデジタルのドラムマシンだシーケンサーだと言っても、メーカーが異なれば、実は誤差は出るばあいが多いのだ。この当時は特に。
 これは無理とプロデューサーに伝えると、なななんと彼さえも「大丈夫、日本製のデジタル機器なんだから、タイミングはずれないよ」
 この後押し問答が数分続くが、結局取り直し案は却下。私以外の全員が同期信号なしでもずれないと信じ切っているのだ。
 で、私も未体験の同期信号無しでの後からシーケンサーによるオケかぶせがスタート。勿論上手く行くはずもなく途中でずれてくる。しかしプロデューサー「もう一度やろう、今度は上手く行く」
私「何度やっても同じだって」
「やってみなきゃ解らん」
2回目も当然、NG。しかし大体どの位でずれ始め、どの位のペースでズレが拡大していくか、2回のトライでなんとなく感覚掴んだ。先に摂ったドラムの方が、ほんの僅か先行している。
 そして3回目、インド人の気の長さを知っている私は、このまま夜中まで何回も何回も無駄な作業をすることになるのが火を見るよりも明らかだったので、手動でズレを修正し、何とか録音を終了させようと、テンポツマミを握りしめ、ズレの予兆を逃さないよう、また、修正しすぎてつんのめらないよう、思いっきり集中してどうにか最後まで、ずれなく録音完了。
 実は途中ドラムが止まる、空白部分があり、ここが合うかどうかが最大の難関だった。責めてテンポガイドの所謂“ドンカマ”でも録ってあれば、途中からスタートして合わせる事も可能なんだけれど、それすら録音されていなかったのだ。
 無事録音が終了し、神業とも言えるマニュアル同期に対し、賞賛が送られると思いきや、勝ち誇った表情と共に彼らの口から出たのは「ほら、言った通り、ちゃんと同期しただろ?」
 もう、腰が抜けるかと思いましたよ。
 
 これはほんの一例、この日からおよそ2週間ぶっ通しで、ある時は最初から最後まで歪んだままの音で録音作業させられたり(私が音割れてるじゃねえか、こんなんじゃで録音、無理だよ、と言ってもエンジニア『ほんの少し歪んでるけどノープロブレム』と取り合わない)、またある時はプリアンプ通さずに、ラインレベルで録ったギターの音が小さい(当たり前だ。受けをマイクレベルにしなけりゃ大きく録れないよ、と何度も注意したんだが、言う事聞かないんだよね)のをどうにかしてくれと言われたり、別のある時は計算機無しで1秒24コマのフィルム規格から1秒30フレームのビデオ規格に換算して曲の長さを割り出せなど(インド人は暗算で出来るけど、作曲家の仕事じゃないです、これ)、などレコーディングの常識から逸脱した情況が続いたのであった。お陰で全部終わった時には発熱していたのであった。
 無理な要求もさることながら、こちらの要求も通らない。前出の同期信号や歪みの問題以外にも、音源からの出力は、トラックを分けて録音してね、と頼んでも、全部まとめて1トラックに録音しちゃってるし(何の為のマルチトラックレーコーディングだよー)、ヴォーカルのリバーブはモニターだけにかけて、録音はしないでね、と言っても、しっかり録音しちゃってるし。

 次にインドでレコーディングしたのは、その数年後の1997年で、今度はテレビ音楽の仕事だったんだけれど、もう充分に小型化していたレコーディング機材一式(民生機ではあるけど)、自分で持って出かけた。その頃はインドの録音事情も充分進化していて、デジタル化も進んでいたけど、ケーブルがもう笑っちゃう程お粗末だったりと、当てにして出かけて、目を覆いたくなるような事態に陥りたくなかったので。
posted by ubuman at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/54168387
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック