2013年07月23日

日本からフランスへ(その3)

私はこれまで、会社勤め、というものをしたことがありません。かつて会社を経営したことはありますが、それは音楽プロダクションであり、毎日定時に出社するわけではないし、土日祝祭日に休むわけでもないので、一般的な企業人とは全く事情が違います。日本の勤め人生活がどんなものかは、想像する以外にありません。
勿論、浜松の世界最大手楽器メーカーに出向いて、近くのホテルに滞在し、場合によっては一ヶ月近くそこで仕事をしたこともあったので、会社の雰囲気、というものはなんとなく解ります。そして、自分にはこれはとても勤まらないなあ、とずっと思っていました。
この大手楽器メーカーとはそれはそれは長い付き合いだったのですが、はじめの頃、もう30年以上前なんですが、その頃は非常にくだけた感じで、さすがは楽器メーカーっていう感じのアバウトさがあったんですが、年を追う毎にどんどんカッチリキッチリしてきて、それと共に「ミュージシャンから見ると無駄な手間」と言うのが多くなってきたように感じました。報酬の支払も、はじめの頃は現金だったんですよね。今じゃ考えられないあの時代の風習。

さて、フランスです。
時期は2009年の9月28日から10月末までの一ヶ月ちょっと。
フランスには、まず、出退社時間を刻印するタイムカード、と言うものがありません。9時出社と言うのは9時「頃」出社です。プラスマイナス15分くらいは、オンタイムとされます。
そして会社に来てしばらくは全員のオフィスに顔だして朝の挨拶、それからコーヒー淹れて、仕事開始まで30分くらいのタイムラグがあります。まあ大体仕事が本格的に始まるのが午前10時頃。
私の仕事は、そのメーカーの製品で音色を作ったり、製品改良のアドバイスをしたり、デモ曲を作ったり、など、今まで複数のメーカー相手にやっていた仕事が、そのままその一社オンリーになったというだけで、内容は殆ど変わりません。違うのは言語くらい。
フランスというと英語が通じない国というイメージがありますが、さすがに音楽産業は英語が国際的標準言語なので、英語でOKです。最初のミーティングで、私一人のために全員が英語でミーティングするのに、ちょっと感激したりしました。
そして昼休みも、12:30頃から皆適当に外食したり、弁当を広げたり、サンドイッチを買いに行ったり。私は最初の頃外食やサンドイッチでしたが、すぐ弁当になりました。食材が美味しいので、料理がそれはそれは楽しくて。外食の場合、ついついビールやワイン飲んでしまい、高くつくし。フランスでは昼休みにビールやワイン、普通です。オーストラリアもそうだったし、イギリスも。
あと弁当だと、社内のサロンで他の同僚たちと、いろいろな話ができて楽しかったというのもあります。この会社、同僚たちはホントにいい奴ばかりで、ある古参の社員は、フランスでもこれだけいい人間ばかり集まってくる会社は珍しいと思うよ、と言ってました。
更に金曜になると、午後五時から社内でビアタイムが始まるのです。なんて楽しい。
でも気になったことがあって、前回2007年に表敬訪問してくれた時に会った社員がだいぶ入れ替わっていた事、創業当初からいるのが、社長ともう一人だけということ(前のかいで、これ伏線、と書いた部分)。
もうかなり前に、このメーカーを知って関わるようになり、音色を提供したりベータテストをやっていた頃にやり取りしていたエンジニア、もう一人しかいないんです。この事の真相はだいぶ後になって判りますが、それは今置いといて。
なんだかんだで1時間半から2時間近くが昼休みですね。一応規則では1時間なんだけど、まず誰も気にしないんです。
そして2時頃から5時過ぎまで仕事して、もう帰宅。
きちんと仕事している時間、一日わずか5時間ですが、人間が仕事にきちんと集中できるのって、一日3〜4時間が限度と言いますから、実はダラダラ長時間仕事するより、能率はいいと思います。日本の某大手楽器メーカーで仕事した時は、もっと長い時間、物凄い集中度で仕事したこともありますが、あれは期間限定だから出来ることで、しかもホテル住まいで身の回りの事をする心配がなかったからで、普通に暮らして、あれをやったら恐らく病気になります。

何日かして、社長が私のオフィスに来て、君は素晴らしい、是非正式に契約して欲しい、と言われた時私も、この国だったらサラリーマンになることも出来るだろう、と思いました。
さて、この時期ちょうど、このメーカーは創業10周年記念イベントを開こうとしていて、私も当然これに巻き込まれるというか、音響の責任者として関わるのですが、これがちょっと大変でした。まず、これに関する連絡社内メールに限ってフランス語のみで回ってくるので、私は最初、こんなイベントがあって、そこで自分がどう言う役割を求められているかも、だいぶ後になってから気づいたのです。
イベントは2日間で、初日がカンファレンスとライブ、そして会場を変えてディナーパーティ。翌日は社屋で懇親会と新製品デモなど。
カンファレンスの会場には、グルノーブル美術館のホールを借りたのですが、ここの担当者の女性があまり協力的でない。しかも音響担当者が不在で、会場備え付けの音響設備、電源入れて接続するのはいいが、ツマミを動かすことまかりならん、と言うのです。
おまけに彼女、私が英語で何か質問しようとすると綺麗な発音で「I don't speak English!」と叫んでコミュニケーション拒否。同僚が通訳してくれるのですが、基本的に音響機材の知識がないのでほとんど役立たず。
同僚からは、プライド高いだけのバカ女、と陰口叩かれてました。そう、フランス人って、陰口好きなんですよね。
まあとにかく、こちらのミキサー出力を会場PAに通すと、イベント進行に支障をきたすほどのホワイトノイズが乗ってしまうのだけれど、これを除去するには技術的な調整をしないといけないのに、それはさせて貰えない。仕方ないので、ホールの音響機器を諦め、夜のパーティ用にレンタルしたPAを持ち込んでどうにか凌いだのだけれど、今度はスピーチの同時通訳に音量バランス上の問題が発生、仕方なくこっそりホールのPAを勝手にいじって解決。
でも、全ての接続をこちらに持ってくるには時間的にアウト。マイクを通したスピーチだけが会場のスピーカー、演奏やBGMは持ち込みPAから再生という、奇妙な音響空間が出来上がってしまいました。
どうにかこうにか昼のイベントを乗り切り、PAをすぐ撤収して夜のイベント会場へ。これはグルノーブルの象徴的歴史遺跡で観光施設でもある、ラ・バスティーユで行われました。
何だかんだで、結局ホテルに戻ったのは真夜中過ぎ。その時私を送ってくれた同僚が車中、この会社の社長が如何に最低な人間であるかを突然語り出し、ちょっと驚きました。たしかにここの社長、非常に子供っぽくて、おまけにケチ。でも私、それは会社の経営者にとって必要な資質だと思っていたし、日本での初対面以来、悪い印象は全くなかったのです。
この時の彼の言葉をちゃんと理解するまでに、それから更に一年を待たなければなりませんでした。

10周年記念イベントは、フランスに来てから数週間後のことでしたが、この頃は同僚の協力もあって通勤用の自転車も手に入れ、ホテルから森の小道を通って美しいアルプスの景色を眺めながらの行ったり来たり。日本とは比べようもないくらい濃厚な味の野菜に果物、イタリアで食べて大好物となったアーティチョーク、安くて美味しいワイン、上質な肉類などに囲まれての、あっという間の一ヶ月間、でありました。仕事は忙しかったです。様々なシンセサイザーについての詳しい知識を持っていて、それらを自由に使いこなせるのが社内で私だけでしたから、それは当然といえば当然なのです。
帰国直前に、社長から再び、正式に来てくれるかを問われ「家族が一緒に来られるならば、私はOK」と答えました。帰国後も日本でここの仕事を継続することを約束して、好印象抱いたまま日本に戻ります。(続く)
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2013年07月21日

日本からフランスへ(その2)

 それは2009年の秋でした。フランスはローヌ・アルプ地方のイゼール県にあるそのシンセメーカーで、試験的に働くことになり、単身日本を発ってまずはパリに到着。このメーカーのスタッフが実はパリにもいて、当事開発中だった管楽器の物理モデルエミュレーターのテストとアドバイスを一日やってから、翌朝TGVでグルノーブルに向かうのですが、パリ・リヨン駅の構造をきちんと把握していなかったため、駅に着いてからウロウロしている間に発車時間がどんどん迫ってしまいました。駅ホールが二つあって、グルノーブル行きは正面口から左奥に入ったところの2番ホールだったのですが、そんなことは知る由もなく。
 ホテルを出る時、急ぐからとフリーの朝食を断った私に、TGVの時間聞いて、充分間に合うから食べて行けと強く薦めてくれたホテルの親父さんに従ったのと、途中の地下鉄で、どっち方面行きに乗っていいか判らず途方に暮れていた中国人女性に行き先案内したのも、結果として時間のロスになってしまいました。ま、後悔はしてませんが。
 ようやくホームを探し当て、目当てのTGVをホームに発見した時は、発車2分前。全速力で走って・・・なんと、列車は予定より1分早く発車してしまいました。早く出るか普通? ホームにいた駅員に英語で文句言ったら「満席だったから早く出たんじゃないかなー」ですと。
 出てしまったものは仕方ないしグルノーブル行きはその後しばらく無いのでとりあえずリヨンへ向かい、そこでローカル線に乗り換えることにしました。
 1番ホールから発車のリヨン行きTGVに乗り、一息ついたら検札がやって来ました。チケットを見せ、乗る予定の列車が予定時間より早く出たことを車掌に告げると「それは不運でしたねー。でもこのチケット(行き先の会社が送ってきたチケット)は変更不可のタイプです。新たに買い直してもらわないと行けませんね。90ユーロです」
 えっ!?・・・・・90ユーロ・・・・
「そんな金持ってませんが」私
「クレジットカードでもいいですよ」
「クレジットカードは、今月もう限度額いっぱいです(これは嘘です。月末だったので、咄嗟に出ましたw)」
「では今いくら持ってますか?」
「20ユーロです(本当)」
「じゃあそれでいいです」
???????????
 10ユーロ札二枚を車掌に渡す私。しばらくして車掌は戻ってきて、領収書と5ユーロ札を私に渡します。
「この5ユーロはなんですか?」と私。
「20ユーロ全部払ってしまったらその後困るでしょうから、5ユーロお返しします」
「ああどうもありがとうございます(!!!!?????)」
 私、多分この瞬間にフランスがとても好きになったかもしれません。文字通り、なんとも現金な話ですが・・・・
 リヨンを経由してどうにかグルノーブルにたどり着き、そこからもう一波乱あってようやく目的地へ。実はこの会社、2007年に一度訪れているのですが(たまたまツアーでフランスに来て、その時既に付き合いがあったので表敬訪問した)、プレハブの安っぽい社屋はそのまま、でも、2年前とは会社のメンバーがだいぶ入れ替わっていました(これ、伏線)。
 とりあえずその日は挨拶と、自分に充てがわれたオフィスの確認のみで、これからひと月ちょっとを過ごすことになる、その会社から然程遠くない場所にある、キッチン付きの滞在型ホテルへ案内され、その近くの、ヨーロッパでも最大規模のスーパー、カルフールで食材や酒を買い込み、その夜はそこのレストランでのんびりとディナーを楽しみ、翌日から人生初めての本格的海外一人暮らしが本格的に始まると言う緊張感も然程感じないまま、部屋でワイン飲んでフランス語に吹き替えられた「LOST」の違和感に苦笑していました。
 さて翌朝、徒歩で30分かかる距離ではありますが、まあとにかく初秋の美しいアルプスの景色を眺めながら歩くのは気持ちいいので、徒歩で会社に向かい、人生始めての会社勤めライフがいよいよスタートします。(以下次号)
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2013年07月10日

ちょっとびっくりな記事見つけたので。

物凄いプロパガンダ記事見つけたので、全部貼り付けてツッコミ入れます。もう凄すぎて呼吸止まります。
元記事はここ。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130709/stt13070903270002-n1.htm

高崎経済大学教授・八木秀次 「日本を取り戻す」政策阻む面々
2013.7.9 03:25 (1/4ページ)[正論]

安倍晋三首相が「日本を取り戻す」として、わが国を主権国家に相応(ふさわ)しい体制に整えようとすると、それを阻止しようとする勢力が決まって右傾化、軍国主義、国家主義と批判し始める。始末の悪いことに、これが一定の影響力を持っている。
(ツッコミ1:当たり前のことを問題視している。全ての作用には反作用があり、それは一定の影響力を持つ。何であろうが)

≪子供にも戦争の恐怖を煽り≫

昨年12月の総選挙の直前、所在地も形態も異なる高校と中学に通う娘と次男が口を揃(そろ)えて、「安倍政権になると私(僕)たちは戦争に行かなければならないんでしょ?」と尋ねてきた。学校で先生から聞いたという。当時、同種のデマが全国の学校で出回っていたようだ。私は「現代の戦争はハイテク戦だ。訓練されたプロにしかできない。素人が自衛隊に入っても足手まといになるだけだ。徴兵なぞあり得ない」と説明した。子供たちは納得したようだが、戦争の恐怖を煽(あお)って安倍政権に嫌悪感を持たせる動きは早くから始まっている。
(ツッコミ2:『安倍政権になると中高生が戦争に行かねばならない
この後の論題とこのエピソードは無関係な上、そもそも伝聞以下。論旨と無関係な子供の話を最初に持ってきたのはつかみだろう。そして『現代の戦争はハイテク戦だ。訓練されたプロにしかできない。』これ、妄想では?)


首相が意欲を燃やす憲法改正は占領下で制定された現行憲法を主権国家に見合ったものに整えるとともに、現在進行形の中国の露骨な領土拡張欲に対抗するために必要な措置だ。96条改正をその入り口とし、9条2項を改正して自衛隊を憲法上に位置づけ、普遍的な軍隊の実質を与え、日米同盟強化のために集団的自衛権行使を可能にする-。これらは、急速に増大する中国の脅威に対抗し、戦争を避けるために不可欠である。にもかかわらず、反対勢力は「自民党は戦争をしようとしている」と憲法改正の方を逆に危険視する。
(ツッコミ3:憲法改正に中国を持ち出す必要がどこに? 中国の領土拡張意欲に対向するためなら、憲法の、あれほど多くの条項を変えなくとも事足りる)

基本的人権の制約原理として現行憲法が「公共の福祉」と呼んでいるものを、自民党の憲法改正草案が「公益及び公の秩序」と言い換えたことについても、戦時下の国家統制を持ち出して、言論の自由を含む基本的人権が大幅に制約されると危険性を強調する。自民党案は、わが国も批准している国連の国際人権規約(A規約・B規約)の人権制約原理(「国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」)を踏まえ、一部を採ったささやかなものに過ぎないのに、である。
(ツッコミ4:「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」は言い換えられる事が可能な言葉なの? 意味違うんですけど。あと、日本は様々な人権に関する国際条約や議定を批准していなくて、様々な勧告受けて拒否してますが? 法律は適合不適合の二元しかないのです。ところで、ささやかな改定案って何?)

≪憲法、教育問題でデマ宣伝≫

考えてもみよ。日本ほどの先進国で、既に国家として批准しているさまざまな人権条約に反する統制的な体制を築けるわけがない。国内には多くの外国人や外国メディアが存在し、彼らも対象となるからだ。国民に恐怖心を持たせて憲法改正そのものを阻止するためのデマが流されている。
(ツッコミ5:支離滅裂・無茶苦茶。この部分、理解までに時間がかかりましたぜ。批准している限りではそうかもしれないけど、批准していないものもあるんじゃなかったけ? 外国メディアが何を言おうがお構いなしの行動、沢山あるような・・・・)

首相が経済再生と並ぶ最重要課題とする教育再生についても例えば、教育科学研究会という団体の編集する『教育』6月号(かもがわ出版)は、「『安倍教育改革』批判」とする特集を組み、「安倍首相は『愛国心』などの理念を徹底するために、教科書検定制度の見直しを迫る。過去の歴史の過ちへの反省は『自虐史観』として排除する。その行く先には『憲法改正』と新たな権力支配の構図が見えてくる。『国家主義教育』への暴走が待ち構えているだろう」と書いている。

教育再生実行会議の委員の1人として言うが、会議では、首相を含めて「国家主義教育」を志向する者は誰一人としていない。今日の教育の実情を踏まえ、否応(いやおう)なくグローバル化する社会の中で、わが国が生き残るための方途を他の先進国の制度などを参考にしながら、教育の側面から真摯(しんし)に議論している。議論の内容も事後だが、すべて公開されている。
(ツッコミ6:教育科学研究会が自らの主張に基づき、何を書こうが(公共の福祉に反しない限り)勝手。その自由があるから、自分も好きなこと書けるんじゃねーの? あと、議論の内容の事後公開に、どれだけの意味があるんでしょー? 内容、どうにでもいじれるじゃありませんか! 全て公開なら、リアルタイムで出来るはず)

≪歴史認識めぐる誤解が障害に≫

国際社会にも誤解がある。ボストン大学国際関係学部長のウィリアム・グライムス氏は「安倍首相は中国、そして韓国との間で、無用の緊張を生じさせている。米国からすると、彼の行動はまったく擁護しがたい」とし、首相が村山談話の撤回をもくろむならば、ナチスとの協力関係が露見した後にオーストリア大統領になったワルトハイム元国連事務総長が、大統領として米国訪問できなかった例に倣って、「米国の大統領にも国務長官にも接触できなくなるだろう」と述べている(週刊東洋経済6月29日号)。
(ツッコミ7:これ絶句。日本はナチスの同盟国だったんですよ! それ(当事の日本)を肯定する動きが、何を意味するか、解ってんのか? もうこれ以上書きたくないです)

中国や韓国による「南京大虐殺」や「慰安婦=性奴隷」説という、事実に基づかないプロパガンダがいかに強固なものとして米国はじめ国際社会に定着しているかを物語るものだ。
(ツッコミ8:南京事件を否定することと、南京大虐殺を否定することは違う。慰安婦問題は元々、強制連行に軍は関与しなかったと言うところからスタートしていて、いつの間にか、民間で行われたかもしれないそれ《今でもあるように、借金のカタとか、貧困地域の人減らしとか、本人の意志によらないものだすらも、今は否定しようとしていないか? 女性非合法に集められた事を軍が容認したら、その最終的責任は軍にあるのだ。軍事政権だったのだぞ。
また、事実に基づかないプロパガンダ、定着してない。全然。むしろそう決めつける方がプロパガンダだ。)

首相は、政府の歴史認識を事実に即したものに是正したいだけだが、逆に歴史を直視しない歴史修正主義と国際社会から指弾され、国内の勢力も同調して国家主義、右傾化と危険性を喧伝(けんでん)する仕組みが作られている。
(ツッコミ9:事実なんてもう判らないってことが何故解らない。日本は、機会を逃したんだよ。数十年も前に。それはもしかするとアメリカの意志だったかもしれないけどね。でも多くは物証も出ているのでは?
 過去の日本には是々非々あると思う。でも、事実だけで言うなら、日中戦争と太平洋戦争は別の戦争だよ。中曽根康弘でさえ認めているけど何にせよ戦前の日本肯定したいのなら、ナチと同盟結んだことを正当化出来るほどの理論武装してから物言ったほうがいいのでは? ナチがあんなだったなんて知らなかったとか、通用しないからね)

「アベノミクス」は一定の効果を上げ、安倍内閣の支持率も高い。が、安倍首相が今後、本格的に「日本を取り戻す」に当たって、最大の障害となるのは歴史認識に関する国際社会の誤解だ。誤解は日本国民全体の恥辱でもある。旺盛に展開している価値観外交とともに、誤解を解くべく、国際社会向けの情報戦に打って出るための組織の設置をはじめ、対応を急がなければならない。(やぎ ひでつぐ)
ツッコミ10:「いや、みなさん、これは誤解です。あれは違うんです」って具体的に説明できるの? 言われていることを否定するだけじゃなく、論理的にしっかりしたストーリーを提示できるのですか?)
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2013年07月07日

セミ・ドライトマト

私、もう何年も前からセミ・ドライトマト作ってます。完全に乾燥したドライトマトは、実は少しエグ味も出ます。でもセミドライはもうひたすら美味しい。そのまま食べてもいいし、様々な料理の調味料にもなります。パスタやピッツァのソース、シチューやスープの隠し味。パン生地に混ぜて焼いても美味しい。

2007年にサルデーニャ島へ行って、友人からサルデーニャ式の作り方教わって、それから自分で作るようになったのだけれど。しばらくは最後をちょっとアレンジしてました。当事は沖縄に住んでいたのですが、4月下旬にものすごく味の濃厚な無農薬トマトを置く店が近所にあって、それがあまりに美味しいので、これをドライトマトにしたらさぞ美味かろーと思って作り始めたのです。でも、サルデーニャで教わったとおりにやったらもう、黴びる黴びる。沖縄、真夏はともかく、4月下旬は晴れる日も少なくて、湿度だけはやたら高いのです。そこでオーブン使って作るようにしたのですが、色々試して、天日干しである必要は必ずしもないんだなあ、と思いました。要は温度設定だったんです。

ここでは、サルデーニャで教わった方法と、自分でアレンジした方法の二種類載せます。

サルデーニャ式:
・トマト(所謂ロング・トマト。実がしっかりしているし、細いので乾きやすいという利点がある。小振りで完熟したものなら丸いトマトでもOKだが、特に日本のは水っぽいので乾燥に時間がかかる)に、縦に包丁を入れ、皮一枚残して開く。
・開いた面に海水塩を表面全体にくまなくかかるくらいに振る。塩が吸収されたらひっくり返して水を切る。またはナプキンかペーパータオルに水を吸わせる。
・表面が乾燥して元の大きさの2/3くらいになるまで天日で干す。
・次にひっくり返して一日干す。
・またストッカーに塩を敷き、切った表面(実の内側)にも塩をして折りたたみ、並べる。最初に皮一枚残したのは、ピッタリと折り畳めるようにするため。空気が入りにくいので、保存性が高い。
・冷蔵庫で保存。

 でも沖縄では4月は天日干しだと必ず黴びました。大体夜のうちに黴るんですよね。塩保存も冷蔵庫で汗かいてしまい、そこから黴びるのです。そこで。
自家製法(沖縄):
・県産無農薬トマトを使って、縦に割る。皮一枚は残さず、完全に割って良い。
・切断面に島マースを振って水分を出す。
・晴れの日の日中は天日、それ以外はオーブンに入れて120〜150℃でじっくり加熱。
・大きさが2/3位になったら、そのまま油(グレープシードオイル推奨)に完全に沈めて常温で保存。どこかはみ出していると、そこが黴びる。
 グレープシードオイルは酸化に強くて無味無臭なので最適です。油も旨味が出るので使えるし。

 現在フランスでやっているのは折衷型ですが、こちらは空気が乾燥してて日本より黴びにくいので、日中だけ直陽で乾燥、後は100℃以下でオーブンです。オーブンの温度を低くしたのは、水分をゆっくり蒸発させたほうが旨味が凝縮するとの判断です。中の水分が沸騰すると、表面から溢れ出てしまうので。
 割る時はどんな保存法にも対応できるように、皮一枚残します。
 湿度の高い地域では初めからオーブンでいいと思います。100℃以下だと、程よく乾燥するまでに丸二日〜三日かかります。オーブンをそれ専用にするわけにも行きませんから。また、降ってきて欲しくないものが降ってくる、付着して欲しくないものが付着するかもしれない地域もありますから、室内干しのほうが安心ですよね。
 
 干し上がりの目安は、ドライフルーツのアプリコットより若干水分がある、くらいでしょうかね。ちょっとちぎって味見して、こりゃ美味い!と思ったらもう充分です。
 
 問題は保存。油漬けは常温で良くて、黴びない反面、常に油がつきまとう。塩漬けは、だんだんしょっぱくなるし、場合によっては黴びる。一昨年までは油漬け、去年は塩漬けにして、一長一短だなあと思いました。
 そこで・・・・
 要は空気に触れなきゃ黴びは簡単に繁殖しないので、そのまま畳んで、ラップに包み、更にアルミフォイル、というのが良いのではと思って、今年はこれで保存してみます。
 様々なものチーズや、生姜、人参などをこの方法で保存してみましたが、とにかく乾燥を防ぎ、黴びず、劣化もしないのです。萎びかけた人参など、逆にハリを取り戻しますから。

 最後に、日本のレシピサイトなどで塩を使わないものを見かけますが、これは疑問です。塩はトマトの旨味をとても良く引き出します。多くの野菜の中でも、断トツじゃないでしょうか。保存性だけでなく、美味しさ追求の面からも塩を振ること、おすすめ。
 今年は春にローマトマト(ロングトマト)で作ったものを既に消費して、明日からは黒トマトと「牛の心臓トマト」をドライにしたものです。さて、その味はいかに?
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2013年07月03日

長壽麺線

我が家で愛用している中華麺。ようやくWebで情報見つけました
長壽麺線と言うのは台湾の長〜いそうめんですが、これはタイで作っている中華麺。Cock Brand(雄鶏印)はフランスのアジア食材店では非常にポピュラーなブランドです。
今まで何種類もの中華麺を試したけど、これが一番我が家の口には合いました。汁麺にも炒麺にも。
(画像)
http://www.flickr.com/photos/kattebelletje/5966320581/

フランスのアジア食材店ではこのCock Brand製品はよく見かけます。
通販もできるみたい。
http://www.eurasie56.com/index.php?main_page=product_info&products_id=373

原材料は、
小麦粉 79.5%, 水12%, 塩8% ターメリック0.5%.
中々ヘルシーですね。
posted by ubuman at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 料理レシピ